光の言葉が導いた、成田山祇園会での御礼参り
- T.Matsunaga

- 7 日前
- 読了時間: 4分

今から7年半前、2019年の天赦日に立ち上げた会社ですが、松永ハウジングという会社があります。
幸せになろうと思って歩き出したはずなのに、想像していた以上に困難な道を天から与えられ、今に至ります。
3年かかって、やっと戻ってきた松永ハウジング。
あまりに道のりが険しく、時間や空間の感覚さえおかしくなってしまうような日々を過ごしてきましたが、その登記が正式にあがってきました。
やっと戻ってきました涙
御礼のお参りがしたくて成田山新勝寺にうかがいました。

今日のお護摩は、大阿闍梨の照泰貫首様の大護摩でした。
お堂の中では、この期間を振り返ると胸から込み上げてくるものを感じ、炎の揺らめきを見つめながら、ただひたすら会社と私自身の心身をお守りくださった大日如来様、不動明王様に感謝をお伝えしました。
心の中に恨みではなく光を灯していられることが、本当にありがたいことだと感じています。

境内に着いて驚いたのは、その日がちょうど成田山祇園会、そして特別開帳の期間だったことです。
この祇園会は大日如来を祭礼の中心としたもので、300年もの歴史を持つのだそうです。

奥之院の前には華やかな御神輿が据えられ、

山車は引かれて本堂前に集結していました。お祭りならではの明るい表情がそこかしこにあふれ、境内全体が賑わいと活力に満ちていました。

この期間だけの特別なご縁のひとつが、光明堂での天国宝剣頂戴でした。
お堂の中、大日如来様の御前に設けられた椅子に腰掛けさせていただくと、お坊様が真言を唱えながら、天国宝剣で肩をそっと叩き、加持をしてくださいました。
天国宝剣は、平安時代に朱雀天皇から成田山開山の祖・寛朝大僧正へ授けられた、成田山第一の霊宝と伝えられています。平将門の乱を鎮める護摩奉修を託された際に賜ったもので、現在の御本尊・不動明王とともに、いまも大切に受け継がれています。
毎年7月の成田山祇園会の期間中だけ、光明堂で参詣者一人ひとりの肩や背中に宝剣を軽く当てる加持が行われ、無病息災・身体健全のご利益をいただけるのだそうです。
宝剣による加持を受けた瞬間、身が清められていくような感覚があり、最後には特別な御守りを頂戴いたしました。
本当に貴重な体験をさせていただきました。
実は以前この場所を訪れたとき、光明堂の奥にある一角を見て「ここはなんだろう、奥の院?なんか厳重になっってスゴイ雰囲気だね」と話していたことがありました。
あのとき気になっていた場所が、今回ようやくその正体を現してくれました。
普段は固く閉ざされている奥之院。
洞窟の奥に大日如来様が安置されており、祇園会の時だけ特別にご開帳になるのです。
暗い祠の中、蝋燭の灯りにぼんやりと照らされる大日如来様。
揺らめく炎に合わせて、お顔の表情が移ろっていくように見えて、本当に神秘的でした。
あまりに心を動かされて、もう一度中に入らせていただき、二度もお参りしてしまいました。

同じ祇園会初日の夜、参道沿いの老舗うなぎ店「駿河屋」から火災が起きたというニュースが届きました。
実は以前、私も2階の広間でお食事をさせていただいたことがあるお店です。
火は1階の調理場から出て、鎮火までに約4時間半かかり、当時は客と従業員合わせて100名以上が店内にいましたが、避難誘導が行われ、けが人や逃げ遅れは確認されていません。
これは不動明王様に守っていただいただけでなく、経営者の方や従業員の皆様の日頃からの心構えや訓練があってこそだと思います。
祭りの一部は途中で中止となったものの、大きな傷なく皆が無事だったと知り、あの場所に流れていた大日如来様からの光が、確かに人々を守ってくれていたのだと感じずにはいられませんでした。

空海さんの足跡を辿っていくと、神仏習合、山岳信仰、修験道といった日本ならではの信仰の形が見えてきます。以前、自分の産土神を調べたときに「牛頭天王」だと言われたことがありました。
それもあって、いつも参拝している三峯神社で神仏習合について気になり始めていました。
祇園会という祭りそのものも、牛頭天王の信仰に由来すると言われており、今回のご縁がそこへと自然に結びついていった不思議さに、あらためて心を打たれました。
この土地には、まだ言葉にしきれない大切な何かが眠っているように感じます。それを受け取れるかどうかは、きっと自分の心の状態次第なのかもしれません。

実はこの参拝の前日、松永ハウジングの登記が正式にあがったと、司法書士の先生からご連絡をいただいたばかりでした。
その翌日の私の誕生日にお礼にうかがえることにとても驚きました。
新しい一歩を踏み出そうとするタイミングで、大きな光に背中を押していただいたような、そんな気持ちになりました。
心が整っているとき、目の前の出来事はただの偶然ではなく、意味を持って現れてくれるように思います。今回の巡り合わせも、私にとって大切な合図だったのかもしれません。
あなたにも、そんな「タイミングが良すぎる」瞬間はありますか。








