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「見えないところで、何が起きているのか ― 水と食から考える、この国の未来」


これから綴るのは、専門家としてではなく、一人の生活者として、日々の暮らしの中で感じ、選んできたことについての、個人的な想いです。正しい答えを示すためではなく、私自身が歩いてきた道のりとして、少し個人的な話をさせてください。


蛇口をひねれば当たり前に水が出てくる。スーパーに行けば当たり前に野菜や調味料が並んでいる。私たちはそれを、疑うこともなく口にしています。


私は何年も前から、家でも会社でも、水道のメーターの元から浄水器をつけています。飲む水も、料理に使う水も、シャワーで浴びる水も。「そこまでしなくても」と言われることもありますが、一度気づいてしまうと、知らなかった頃には戻れません。


無農薬の野菜、添加物の入っていない調味料や飲み物、洗剤に至るまで、口にするもの・肌に触れるものを一つひとつ選び直すようになって、もう長い年月が経ちます。


化粧品も同じです。洗顔石鹸や化粧水はもちろん、ファンデーションやシャンプーに至るまで、できる限りケミカルを排除したものを選ぶようにしています。


正直、便利な生活にすっかり慣れてしまっていたので、切り替えるのは簡単ではありませんでした。それでも一つひとつ見直していくうちに、当たり前だと思っていたものの多くが、実は肌にも体にも負担をかけていたのだと気づかされました。


これからも、こうした暮らしの選択について発信を続けていきたいと思っています。


なぜここまで気をつけるようになったのか。それは、この国が「危険だらけ」であることに、多くの人が気づかずに過ごしているという事実に、強い危機感を持っているからです。


しかも恐ろしいのは、その危険そのものより、危険を生み出している「大元の仕組み」を、私たちがほとんど知らされていないということです。


その仕組みの一つが、「種子法」の廃止です。


かつて日本には、稲・麦・大豆といった主要穀物の種を、国と都道府県が責任を持って守り、安定的に供給する「主要農作物種子法」という法律がありました。


ところがこの法律は2018年に廃止されました。種を守る公的な仕組みが弱まれば、種は民間企業、とりわけ海外の巨大企業に依存していくことになります。


種を制する者が、その国の食を制する。そう言われるのには理由があるのです。

食料自給率という数字だけを見れば、日本はまだ「なんとかなっている」ように見えるかもしれません。


しかし種や肥料の海外依存度まで含めて考えると、実際の自給率は10%程度しかないという試算もあります。輸入が止まれば、私たちの食卓はあっという間に立ち行かなくなる。


それほど脆い土台の上に、今の「当たり前の食生活」は成り立っています。

東京大学大学院特任教授の鈴木宣弘さんは、長年この問題を訴え続けてきた研究者の一人です。


安いからといって、リスクのある輸入品や大量生産された作物を選ぶのではなく、少し高くても地元でつくられた安全な農産物を選ぶこと。


その小さな選択の積み重ねが、農家を支え、種を守り、次の世代の食を守ることにつながる。そう語られています。


私が浄水器をつけ、無農薬の野菜を選び、添加物のない調味料や化粧品を選んでいるのは、自分の体を守るためだけではありません。


この国の「食の土台」がどれほど危ういものになっているかを知ってしまったからこそ、自分にできる小さな選択を、諦めずに続けたいと思っているのです。


そしてそれは、私一人が気をつけていれば済む話ではありません。


子どもたちが大人になった時、安心して食べられるものがこの国にあるかどうか。

それは、今を生きる私たち一人ひとりの選択にかかっています。


知らないでいることが、一番恐ろしい。


だからこそ、まずは知ること。


そして、日々の小さな選択を変えていくこと。


それが、これからの日本のために、子どもたちの未来のために、私たちにできる最初の一歩なのだと思います。


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